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大映テレビ

大映テレビ株式会社(だいえい-)は、主にテレビドラマの制作を請け負う会社

前身は、大映株式会社のテレビ映画制作セクションとして、1958年10月に発足した大映テレビ製作室(大映テレビ室)。1971年に、大映の倒産直前に分社化され、大映(現・角川映画)が全額出資する完全子会社の大映テレビ株式会社として設立された。その後、映画会社の大映は、徳間書店グループ傘下を経て、角川グループに吸収されて角川映画になっているが、同社とは資本的な関係はなくなっている。しかし、かつては映画監督の増村保造や俳優の宇津井健など旧大映に所属していた人物が作品に関わるなど、人脈的には一定の流れは汲んでいる。

以後、1970年代半ばから1980年代半ばにかけて話題作を次々とテレビドラマを製作。TBSでは山口百恵の赤いシリーズや『スチュワーデス物語』『不良少女と呼ばれて』『スクール☆ウォーズ』でヒットを飛ばし、フジテレビでも『スタア誕生』『ヤヌスの鏡』『花嫁衣裳は誰が着る』『このこ誰の子?』『アリエスの乙女たち』『プロゴルファー祈子』などのアイドルが主演するドラマを制作し、黄金時代を迎えた。

2007年現在はいわゆる昼ドラや2時間ドラマなどを中心に制作している。なお、2000年代に入ってからの一時期、いくつかバラエティ番組なども制作したことがある。

ちなみに、分社後の大映もいわゆる「徳間大映」となって以降、2時間ドラマ等の制作を請け負うようになった。よって、この期においては「大映テレビ制作」と「大映制作」のテレビドラマが混在しているのだが、文献によってはそれらを混同しているケースがある。学術論文等で、それらを厳密に区別する必要がある場合には、ドラマのDVD等の原資料に当たって、正確を期す必要がある。

役員
代表取締役社長 : 近藤一男
常務取締役業務本部長 : 渡辺良介
取締役相談役 : 安倍道典

「大映ドラマ」
1970年代から1980年代にかけて大映テレビが制作した実写ドラマは、当初から同業他社のプロダクションが制作する作品に比べ、「大げさな、感情の起伏の激しい芝居」「泥沼にはまるようなストーリー展開」「一見冷静に解説するような体裁をとりつつ、時に状況をややこしくするナレーション」「わざとらしい効果音の挿入」などの独特な演出から、他のドラマと区別する意味で「大映ドラマ」と呼ばれ、コアなファンを獲得していた。

なお、作家の小林信彦はこの特色を映画会社の大映の社風にルーツを求めている。映画会社大映は時代劇が売り物だったが、第二次世界大戦で敗戦を迎えて、GHQにより占領下の日本では時代劇が禁止されたため、時代劇スターが現代劇を演じざるを得なくなった。そのオーバーな芝居の時代劇のノリによる現代劇が大映ドラマだという。また大映では、生みの母と育ての母と娘との関係を描く母物映画と呼ばれる映画を31本制作しており、大映ドラマの出生の秘密を巡るパターンもここにあるという[1]。

一方、当時の大映テレビ作品を野添和子とともにプロデュースしていた春日千春は 発想の原点を幼少時に親しんだ講談本や紙芝居であるとし、特徴的なナレーションは紙芝居の口上にあたるものと語っている[2]。

1980年代後半以降はこうした過剰な演出の大映ドラマはかつてのような高視聴率を得られなくなり、その後は「大映ドラマ」と言えるまでの独特な演出は行われていない。

他のプロダクション製作ドラマが、放送局製作と同様にビデオ撮影に移行していくなかで、大映テレビも1984年の『青い瞳の聖ライフ』、1987年の『プロゴルファー祈子』など1980年代半ばからビデオ撮影を行なうようになったが完全には移行せず、1990年代前半まで、フィルム撮影でのテレビ映画として製作が踏襲されていた。フィルム撮影で製作された大映テレビ製作の連続ドラマの最終作品は1990年から1991年まで放送された『スクール・ウォーズ2』である。

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2009年01月06日 10:47に投稿されたエントリーのページです。

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